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身近な暮しを書きとめるノートです。
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岩川徹、上告宣言

北秋田市の選挙違反冤罪事件の当事者、岩川徹元町長が、最高裁に上告すると発表した。


■■ 私は上告します ■■

一審判決は誤謬に満ちたものでしたが、このたびの二審の卯木誠裁判長の判決は、一審判決に輪をかけて不公正なものでした。

私を有罪だとする裁判官の論旨はきわめて単純で杜撰です。

私が運転手兼道案内として雇った二階堂甚一さんの検察官調書をすべて「信用できる」とする一方で、一審・二審の法廷証言をすべて「信用できない」としました。

この「信用できる」とした根拠に、調書を作成した森山検事の一審法廷証言を引用しております。たとえば、2月7日の判決言い渡し(声が小さくてよく聞き取れなかった)から数日後に裁判所から37ページもの判決文が送られてきました。その9ページ目には、次のような表現があります。

「取り調べ検察官の証言によれば、二階堂は検察官の質問に対し自発的に供述しており、検察官が押しつけや誘導を行ったことはなく、また、警察官の取り調べに対して不服を述べていなかったというのである。取り調べ時間も長時間で9時間、午後10時くらいまでであり、検察官が体調を見て取り調べており、黙秘権はもちろん読み聞けの方法も適切であり、供述の任意性を疑うような事情は認められない」

また31ページには、
「二階堂を取り調べた検察官の供述によれば、二階堂の供述が任意になされたことは明らかである上、二階堂は事情聴取の始った平成21年4月13日から現金授受の日時場所については、捜査段階で一貫した供述をしているのであり、二階堂の取り調べ状況を考慮してもその信用性に疑いはない」

こんな法廷証言を、皆さんは信用できますか。

弁護側の法廷証言は、ほぼすべてが「信用できない」で、かづけられたのに、密室で取り調べをした検事の証言だけが、なぜ「信用できる」のですか。

村木厚子さん事件、菅谷さんの足利事件ほか、幾多もの冤罪事件をみてください。村木さんを無実の罪に追い込んだ職場の同僚たちの証言、足利事件で自らが少女の首にどのように手をかけたかを述べた菅谷さんの供述調書を思い起こしてください。いずれも検察側に言わせれば“任意”のもとで取られた“信用できる”証言や供述調書でした。しかし今では、これらの証言や供述調書が検察側のストーリーにそった“ねつ造された供述”であることは、国民のだれもが知っております。

供述調書至上主義が冤罪の温床なのは、過去の冤罪事件を見れば明々白々です。

しかし、私の二審裁判を担当した卯木裁判長の判決には、過去の冤罪事件への反省など微塵も感じられず、検察官調書や検察官自身の法廷証言を鵜呑みにしております。

長い判決文は、最初から最後まで「誤解」「曲解」「こじつけ」の杜撰な表現で構成されております。これをすべてここで述べるのは不可能ですので、一つだけ指摘します。

判決文33ページに次のような表現があります。

「被告人の供述において、加藤(※元合川町議)から携帯電話で大野台ハイランドで会う旨の連絡については、通話記録に同年1月10日あるいは13日に履歴があり、通話記録による裏付けがあるようにもみえるが、その後被告人が場所が分からず加藤に電話したとしている点については、通話記録にその旨の履歴が1月10日、同月13日の欄になく、かえって、通話記録と食い違いがある」

ここの2行目にでてくる発信記録は加藤氏の携帯電話(AU)の発信記録を意味します。しかし4行目にある通話記録は、私の携帯電話(DOCOMO)の発信記録を意味しているのでしょう。

じつは私の携帯電話の2009年1月の通話記録は、なぜか当裁判の証拠には出ておりません。

そもそも通話記録は警察の捜査段階で取られたものですが、2009年1月の私の携帯電話の通話記録は「押さえの直近3か月が過ぎていた」(森山検事の法廷証言)との理由で取れなかったことになっています。警察が私の携帯の1月の通話記録を取れなかったこと自体に、私は疑いを持っております。1月の携帯電話の通話記録は警察・検察の筋書きに合致しないので隠した可能性があるのです。

その真偽はともかくとして、私の携帯の1月の通話記録が検察側の証拠として出ていないのは厳然たる事実です。にもかかわらず二審判決では「通話記録にその旨の履歴が1月10日、同月13日の欄になく、かえって、通話記録と食い違いがある」とのべています。

これは、裁判官が証拠も調べずに判決を書いている、明白な証拠です。

繰り返しますが、私の携帯電話の1月の通話記録は、私が見たくても、見ることはできないのです。私がドコモに要求しても、保存期間を過ぎた、との理由で、出てこないのです。

このような杜撰な論理で、私を罪人にしようとしているのです。

こんな二審判決を、承服できるはずがありません。



平成24年2月20日
岩川 徹


■参考記事
大熊一夫より
http://lykkelig.exblog.jp/15046374/
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by lykkelig | 2012-02-23 23:49 | 社会問題

Des hommes et des dieux

神々の男たち。現代は、男たちと神々。

フランス領だったアルジェリアにおける修道士の話し。殺されるのを待つのか、逃げて生きるのか。ギリギリの選択におかれた修道士たちの一日、一日を描く。

宗教の問題、植民地支配と支配される側の問題、テロと取締国家の問題・・・深い映画だった。
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by lykkelig | 2012-02-20 20:41 | ヨーロッパ

薔薇の名前

フランス・ドイツ・イタリアの合作映画『薔薇の名前』を見た。

これで2回目。前よりずっと理解しやすかった。

イタリアの知の巨人ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』の映画化。監督はフランスのジャン・ジャック・アノー。中世のキリスト教教会が舞台。ショーン・コネリー主役。

ウィリアム修道士が北イタリアにあるベネディクト会修道院を訪れる。彼は異端審問官だった。とし物語の語り手は年老いた修道士だが、映画に出てくるのは10代の修練士アドソ。見聞を広めてほしいという父の意向によってウィリアム修道士のともをしている。

この修道院において、殺人事件が次々と起こる。二人は文書館に何か秘密が隠されていると察知。老修道士がこれは黙示録の成就であると指摘する。

そこに教皇使節がやってくる。そして悪名高き異端審問官ベルナール・ギーもやってくる。ギーは、修道院での殺人事件は、異端者の仕業であると、異端審問をする。そして、魔女、異教徒2人が火あぶりの刑に。

結局、キリスト教の権威がゆらいではならないとして、書物を修道士の目に触れないように隠匿した老修道士が・・・・。
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by lykkelig | 2012-02-16 21:30 | 趣味、余暇

これは冤罪です:北秋田市選挙違反事件

2012年2月7日、仙台高裁秋田支部で、元鷹巣町長の岩川徹さんが無罪を争っていた裁判の判決がありました。岩川さんは、執行猶予つきの有罪とされました。

この事件は、冤罪です。岩川元町長を初めからはめるためにつくられたように思える事件でした。岩川さんのご挨拶をお読みください。

■■ 支援してくださった皆様へ ■■ 

残念な結果になりました。
法廷のやり取りだけをみれば、岩川側の圧勝、傍聴してくださったほとんどの方がそう思ったそうです。おそらく、裁判員裁判のもとで法廷が開かれていれば、無罪評決です。
にもかかわらず、一審の「懲役1年、執行猶予2年」が、さらに、付け加えられ、「執行
猶予5年」になりました。

私は、今後5年間、政治にかかわる権利を奪われました。裁判官は、検察の訴えを全面的に認めたのです。このような仙台高裁秋田支部、秋田地裁の裁判官は、残念なことに、日本のスタンダードなのでしょう。

2月7日の高裁判決も、その前の地裁判決も、構成は単純でした。検事側のストーリーに沿ってつくられた、運転手の二階堂甚一さんの供述調書だけを採用。判決の中身は検察の筋書き通りでした。

この冤罪事件は、「運転と道案内」の報酬2か月分、計30万円を私から受け取った二階
堂さんの「供述調書」をもとに作られました。私自身は、知人の助言に従い、検事の質問に答えず、供述調書を残しませんでした。そのため368日の拘置所暮らしを強いられました。

その間に、二階堂さんを犯人に仕立てる作業だけが進み、私の裁判が始まったころには、
最高裁で有罪が確定していました。二階堂さんの国選弁護人は、真実をつきとめようとしなかったのです。検察側はこれを武器にして、30万円を渡した側の私を「有罪(買収)」に持ち込みました。

検察・警察が二階堂さんに、筋書き通りの供述をさせるのはたやすいことです。それは、過去の冤罪事件をみればわかります。冤罪事件の犠牲者は、立場の弱い人、気の弱い人と決まっています。この時期の二階堂さんは、東京の長男のつまづき、二男の発病、失職、
…といった苦難の真っただ中にいました。

逮捕前に100時間も取り調べを受けて、動転していたところで逮捕。
その間に警察官や検察官は、たくさんの供述調書を作成しているのですが、逮捕されて起
訴直前の、おそらくは最後の調書で、検察官に誘導されるままに「2009年2月16日
に金銭授受」という供述調書に署名押印をしました。
この「2月16日」が、検察の主張する容疑事実の骨組みとなっています。
この具体的な日付によって、「事件」が成立しました。

けれど、2月16日説はありえません。この日、私は終日、支持者と行動を共にしていま
した。そして、そのことを証明する日記など数々の証拠を出し、証人をたてました。
しかし、裁判官は、弁護側証拠を全て「信用できない」として、今回の判決となりました。
ご支援をお寄せくださった皆様と勝訴を祝えないのが、悔しい限りです。

岩川 徹(元鷹巣町長)
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by lykkelig | 2012-02-10 18:02 | 社会問題
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