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身近な暮しを書きとめるノートです。
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ヒイラギの檻

b0148594_14504585.jpg瓜谷修治著『ヒイラギの檻――20世紀を狂奔した国家と市民の墓標』を読んだ。

ハンセン病患者が隔離収容されていた周りには、鋭いとげのヒイラギで囲われていたという。ヒイラギという鉄線で遮断された中で、何が行われていたか、なぜそのようなことが許されてきたか。ジャーナリスト魂をかけた筆致に、いったん表紙をめくったら、最後まで本を置けない。

まず、若いころ、涙して読んだ『夜と霧』(V.E.フランクル著)の一節が、飛び込んでくる。「囚人たちは登録された瞬間から個人の持つ一切の権利を消失し、ゼロに等しい物になってしまった。人格はおろか所有物もなくなった。身につけていたものは一切合財押収され、……」

これと同じことが「らい」療養所でも行われていた、と筆者は続ける。「療養所」という名前から、森林の中の病院兼施設に、病む人びとが治療を受けながら安静を旨として暮らしているように思ってしまう。まさか、いくらなんでも、その「療養所」はナチス・ドイツのユダヤ人絶滅収容所と同じような施設で、日本のあちこちにあり、そこに感染症患者が生涯閉じ込められていたなんて。

「療養所」という名称が、思考をさまたげただけではない。私の無知が、想像力の羽を伸ばさないのだ。

読み進む。「療養所」とは名ばかりで、そこは、隔離絶滅施設であることが、圧倒的事実をもって知らされる。持ち物はいっさい取り上げられ、囚人服のような制服に着替えさせられ、病人に不釣合いの強制的労働、おかずのない麦飯、12畳半に8人の雑居、断種手術、手紙の検閲、電話もない。いったん入ってしまったら一生出られない、恐怖の収容所の実態が生々しくにつづられている。

こうした行為が、医療行政の名のもとに延々と続けられてきた。それをなしたのは、日本政府に流れる差別政策だ。

最後に著者は、「稀少難病全国連合会会長」の言葉を引用しながら、こう書く。
「自分たちの問題は、ハンセン病が感染するとかしないとか、医学的事実による理由づけだけでは解決しないのだ。問題の本質は別のところにある。国も医者も施設も国民もマスコミも、そこにはびこる偏見と差別意識が消えるまで、本当の解決はない、と言いたかったのである。」
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by lykkelig | 2009-05-21 14:58 | 本、文書

干し柿 

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昨秋、渋柿の皮をあきるほどむいて、軒下に干しておいた。完成品。美味じゃ~ッ!

昨秋の干し柿つくりhttp://lykkelig.exblog.jp/9847806/
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by lykkelig | 2009-05-15 13:22 | 趣味、余暇

La Traviata

アンジェラ・ゲオルギュ―Angela Gheorghiu は、私の観た中では最高のヴィオレッタだ。

1994年、コヴェント・ガーデンでライブ収録されたDVD「La Traviata 」。その世界の最高峰サー・ゲオルグ・ショルティ指揮。まだ20代のAngela Gheorghiu は、輝くように美しい容姿に、完璧なソプラノで全幕を圧倒する。劇と音楽の融合の極地だ。

Angela Gheorghiu
http://www.emiclassics.com/artistbiography.php?aid=114

彼女のパートナーはロベルト・アラーニャRoberto Alagna。シシリア産まれのフランス人テノール歌手。二人でいくつもレコーディングをしている。オペラ界のゴールデン・カップルだ。

La Traviata は、椿姫の原題。「道をふみはずした女」と訳されている。ヴィオレッタのソプラノの歌詞にも、何度か出てくる。しかし、事実は、「道をふみはずさせられた女」だ。その理由は、http://lykkelig.exblog.jp/10911250/
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by lykkelig | 2009-05-14 15:16 | 趣味、余暇

マリー・デュプレシ

マリー・デュプレシ(1824-1847)は、ヴェルディのオペラ「椿姫 La Traviata 」のモデルになった女性だ。デュマの「椿を持つ女」(1848)の主人公でもある。パリで、肺結核のため23歳で亡くなった実在の女性だ。

ジョアンナ・リチャードソンJoanna Richardsonによると、彼女は・・・・

サン・ジェルマン・ド・クレルフィユ村生まれ。父は、村の牧師がある売春婦に生ませた男だ。鋳掛け屋。彼の二人目の女の子で、本名はアルフォンシーヌ。

父親は娘より息子がほしかった。その後、母親を執拗に虐待するようになる。それが原因で母親は村を出て、パリに逃亡。

しかし、母はアルフォンシーヌが8歳のとき死亡。母のいとこに引き取られるが、12歳のころからパリの街を徘徊するようになり、よくない友達を作り始めた。その後、母のいとこから父親のもとに送り返される。父親は、彼女を洗濯屋の見習いに出す。

父親は、その後、アルフォンシーヌを70代の独身男に売りつけた。しばらくして村にもどったアルフォンシーヌだが、洗濯屋の人たちはいっさいかかわりを持とうとしなかった。そこで、彼女は月60フランで旅館の女中の仕事につく。しばらくして、また父親に発見され、今度は傘工場に入れられる。その後、パリの遠い親戚に預けられる。はじめは洗濯屋、後、婦人帽子つくりの下で働く。

1839年、レストラン経営者と知り合い、彼の娼婦となる。彼から豪華な住まいを用意してもらう。その後、貴族ギッシュ・グラモン公爵の娼婦となり、月1万フランに貢がせる。1841年、内務省に務める若い子爵を恋人にする。その冬、ヴェルサイユに引きこもり、息子を産んだ。

1842年、Rue du Mont-Thabor で優雅な生活を送る。11時に起床、朝食、新聞読書、ピアノ練習、着替え、ブローニュの森の散歩、訪問者を迎え、夕食、観劇、Cafe de Paris で食事・ダンス・賭け事・・・これがお気に入りの日課だった。劇場の切符は頼まなくても演出家たちがこぞって送ってよこした。幕間には、女優、男優、著名人が次々に挨拶にやってきた。

1844年か1845年に、Baron de Stackelbergと知り合う。ポーランド貴族の出で、マリーの父親ほどの年齢。Boulevard d la Madeleine に彼女のために家を買った。まるで宮殿か美術館のような豪華さだった。

彼女の美貌と洗練された魅力は、デュマ・フィス、フランツ・リストなど大物もひきつけた。デュマがマリーと知り合ったのは、1844年末。彼が20歳のころで、彼女には年配の恋人Baron de Stackelbergがいた。デュマとは、2ヶ月間のつきあいだったという。

オペラ座での仮面舞踏会で、王室の御用をつとめている銀行家の息子Comte Fdouard de Perregaux と知り合い、彼をとりこにしてしまう。1846年2月21日、マリーは、ロンドンのケンシントン区役所の戸籍課で、ド・ペルゴー伯爵夫人となった。

ところが、伯爵は金詰り状態、贅沢三昧に慣れていたマリーの負債はうなぎのぼりとなった。

1847年1月、肺結核の末期となっていたが、パレ・ロワイヤルへ喜劇の初演に出かける。2月3日、23歳で息を引き取った。

――『椿姫』(音楽之友社、名作オペラブックス2)より引用


秦早穂子著『「椿姫」と娼婦マリ』(読売新聞社、1986)も、おもしろい。パリに住む日本女性が、渾身の取材と調査で、マリー・デュプレシにせまっている。

秦は、あとがきにこう書く。ここに彼女がマリー・デュプレシを選んだ動機が見て取れる。

「実在のマリ・デュプレシは、最後まで、あがきながら、抵抗して、自分の存在できる、正当に存在できる場を、探し求めてやまかったと思う」

「椿の花はにおいがないから、砂糖漬けのぶどうは、味がないから、そして、金持ちの男は心がないから、だから、私は好きなのよ、と、この若い女は言い切った。それはすべて反語でしかなかった。彼女をして、ここまで言わしめた環境、狂気のように金を浪費し、身を滅亡させてゆく状況ーーーおろかしいとだけはいいきれまい。一見、優雅で、安楽な時代であったろうルイ・フィリップの時代ーーーうつし絵のように、それは、はるかかなたから、おぼろに浮かびあがってくるのだが、よくよくのぞいてみると、貧富の差、身分の差、その底にうごめいている男や女たちの姿が、あぶりだされてくる」

小説、オペラ、評論の行間には、アルフォンシーヌの凄惨ともいえる暮らしが見えてくる。

母親を目の前で殴る暴力男は、幼いアルフォンシーヌにどう写ったのだろうか。
無一文だったろう母親と、幼いアルフォンシーヌはどうやってパリに逃れてきたのか。
パリで、母親は日々の食糧を、寝床を、いったいどこでどう見つけたのだろうか。
たった一人の母親を8歳でなくしたアルフォンシーヌ。その悲しみをどうやり過ごしたのだろうか。
洗濯屋の見習いに出された、わずか12,3歳の少女は、その小さな手で何を洗ったのだろうか。
70歳の親戚の男に売られた10代半ばの少女の毎日はいかばかりだったか。
70歳の男から逃れて村に帰った少女を、村人はどう見ただろうか。
その後の女中の生活は・・・そして傘工場の生活は・・・
そして、パリの親戚に追い払われた彼女は・・・

これらは、当時、暴力男が牛耳る極貧の家庭に生まれた、おびただしい数の少女たちの暮らしそのものだ。そして、貧しい国の貧しい家庭に生まれた現代の少女たちの生き様でもある。そう、19世紀パリ、23歳で亡くなった娼婦の一生は、150余年経た今も、普遍性を持つ。
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by lykkelig | 2009-05-09 00:39 | 本、文書

母の好きな歌

見上げてごらん 夜の星を


見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光が
ささやかな幸せを 歌っている
見上げてごらん 夜の星を
ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
手をつなごう ぼくと
追いかけよう 夢を
二人なら 苦しくなんかないさ

見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光が
ささやかな幸せを 歌っている
見上げてごらん 夜の星を
ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈っている


母は、この歌を歌いながら、涙を流す・・・・。
ドヴォルザークの「わが母の教え給いし歌」の詩と似ている。
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by lykkelig | 2009-05-08 21:43 | 家族、友人など

木の芽

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そっと生まれ出る初々しい若芽。あと1週間したら、青々した葉っぱが出てくるはず。小さな葉っぱに似合わず棘が鋭い
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by lykkelig | 2009-05-07 21:52 | 趣味、余暇

チューリップ

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by lykkelig | 2009-05-07 21:46 | 趣味、余暇

白玉ぜんざい

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新小豆を水から弱火で4時間ぐらい煮る。今回は、電気のお粥電気ポットを使った。火が通ってから、いったん煮水を捨てて、砂糖を入れる。
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by lykkelig | 2009-05-06 23:47 | 家族、友人など

常夜なべ

b0148594_1114370.jpg豚肉の薄切り、ほうれんそう、ねぎ、とうふ。お酒を一煮立ちさせ、それに具をいれ、しょうが醤油で食べる。毎晩食べても美味しいから、常夜なべと呼ばれるそうだ。
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by lykkelig | 2009-05-05 23:59 | 家族、友人など

蕎茶房「季楽庵」

諏訪の我が家の近くにおいしい蕎麦屋ができた、と友人の鈴木さんが教えてくれた。

散歩がてら、歩いて行ってみた。外の景色が見られる窓際のコーナーにテーブルと椅子が1組ずつセッティングされている。オーナーのプライバシーを大切にしたいという心意気が感じられる。

そばづくし(1500円)を注文した。 最初に出されたのは、お皿に3種類並んで出されたオードブル。合鴨の1切れは、お酒を誘惑するような味だ。次に出されたのは鴨汁そばがき。深めでしっかりした瀬戸物の茶碗には、ふわふわしたそばがきと合鴨、茸、葱。焼きねぎのほのかな香りとともに、そばがきを一さじずつ、そっと、口元に持っていき、ゆっくりいただく。口の中でとろける。五穀米は緑の笹の葉に包まれてやってきた。小さくスライスした生姜の漬物2切れがにくい。そして、せいろ蕎麦。10割蕎麦だ。

「大いなる信濃の道を踏みしめた自慢の信州蕎麦です。八ヶ岳山麓の標高1000m辺りで栽培されたそばの実を大型石臼でゆっくり丹念に風味と甘みを逃さないように粗目に挽いた強い風味と押し返すような『餅腰』たっぷりの蕎麦。本枯節の荒削りをゆっくり煮出し、国産丸大豆醤油と有機みりんの返しを合わせたつゆは蕎麦にからみつきぴったり」(「一鉢入魂」と題された同店チラシより)

住所 諏訪郡富士見町富士見4654-971   ℡0266-62-7190
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by lykkelig | 2009-05-05 18:53 | 家族、友人など
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