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身近な暮しを書きとめるノートです。
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ガンマナイフ治療

『情報管理』2008年6月号に、開頭手術をしないで、三叉神経痛を治療することが書かれている。これはすごい。それができるのは林基弘医師。国内で唯一「国際認定ガンマナイフ治療トレーナー資格」を持っているのだそうだ。

「三叉神経痛の激痛に耐えかね自ら死を選ぼうとした患者さんが、入院もせずに治療し、笑顔が戻った姿には、ついつい涙が誘われた」と、林医師の講演を聴いた筆者は書いている。地獄からの帰還だ。

連合いが1年間、三叉神経痛に悩まされた時のことがよみがえる。

母親が亡くなるまで三叉神経痛で苦しんだというノルウェーの友人は、「連れ合い三叉神経痛で苦しんでいる」と私がつぶやいたとたん、こう言った。「あらゆる痛みの中でも最大の痛みをともなう病気だ」。

連れ合いははじめ歯痛だと思い、歯科医に通った。最初は、近所の歯科医、次に虎ノ門の歯科。抜歯までされた。それでも治らない。それどころか、ますます激痛が走る。我慢強い人なのに、「ヒィーッ」というほどの痛みが走る。物を食べられない、水も飲めない、歯を磨けないこともある。そばにいる私も見てられないほどだ。辛く苦しい。

ある日、外に出て風が顔にあたったら、ものすごい痛みが走ったという。電話中に痛くて、途中で絶句したこともある。虎ノ門の歯科にかかっていたが、どうも歯痛ではないと思うようになった。それでも、「セカンド・オピニオンを聞いたほうがいい」といっても、聞こうとしない。

私は、とうとうたえかね、医師である義理の娘に相談した。娘は、父の症状を全く知らなかった。しかし、それから急展開。

結局、義理の娘の母(連れ合いの元妻)が、この分野で最も著名な松谷雅夫医師(埼玉医大国際医療センター病院長)を連れ合いに紹介。松谷医師の弟子で、三叉神経痛の手術では日本で第一人者といわれる藤巻高光医師がいる帝京大学医学部附属病院に通院することに。1日だけだったが、私もいっしょに板橋の帝京病院に行き、病気のこと、治癒の方法、手術を決意した場合の手術方法について・・・などを聞いた。

その後、藤巻医師が非常勤で勤めている国際医療センター(病院長は松谷医師)に入院。全身麻酔で5時間の大手術をした。

手術の前日、藤巻孝光・執刀医と麻酔医双方が、それぞれ彼の病室にやってきた。「万が一」についての説明がなされた。インフォームド・コンセントだ。手術と全身麻酔の双方の内容、危険性、後遺症などについて、淡々と情報が伝えられ、承諾サインまでさせられた。大変な手術だとわかった。本人がすぐ横にいるので、気弱になっている自分を顔に出さずに黙って聞いていた。実際は手に汗がぐっしょりだった。

藤巻孝光医師から3時間の手術と言われた。でも実際は5時間かかった。彼の妹Eさんも一緒に待ってくれた。手術が始ってから終わるまでの長かったこと。生きた心地がしなかった。

彼が病室を出たのは朝9 時。手術室から出るのは1時か2時というので、1時に、手術室のある病棟の待合室にもどった。何の動きもない。2時・・・。その頃から、ICUのそばの廊下をうろうろしながら待った。終わらない・・・。

3時10分すぎ。約5時間以上すぎ、手術室から出てきたばかりというような格好の執刀医の藤巻医師が、廊下に立っている私を見てマスクをとり、「終わりました。成功です」と言った。こう言って立ち去った彼の憔悴したような青白い顔が、今でも目に焼きついている。数分して、数人の医師(看護士)に周りを囲まれ、手術室からICUに移動するベッドが目の前を通った。その上には、さまざまな医療器具につながれ保護されて横たわっている一人の患者がいた。

藤巻医師は、私を別室に呼んだ。手術の様子を簡単に説明してくれた。なんでも、彼の三叉神経は奥深いところにあったという。ふつうは、三叉神経に動脈が1本がくっついていて、その1本をはがせばいいのだが、今回は3本もくっついていたという。前下に小脳動脈(主犯)、裏に小脳動脈、さらに静脈が貫いていた。静脈は切ったといったような気がする。「ここまでになるには、だいぶ前から徴候があったはずですがねぇ」などと、私に言った。静かな指摘だったが、私には十分こたえた。
     
ICU前に立っていたら、「はいってもいいですよ」という。中に入った。彼はまだ眠っていた。真っ赤な膨らんだ顔をしていた。麻酔がさめていないようだ。

翌朝、麻酔がさめ、身動きのとれない病人が最初に口にしたのは「ミズ」。1階の売店に走った。そこで吸い口を買った。ICUに駆け戻り、「水」を飲ませた。熱が38度ちょっとある。でも、ビタミンB1、ブドウ糖、アミノ酸の点滴をし、日増しに回復。2週間ほどで退院した。

もっと早くガンマナイフ治療を知っていたら、そちらを選んだのではないか、と昨年の悪夢を思っている。手術をしたのは、ちょうど昨年の今頃、3月だった・・・。

■森田 歌子. “最先端医療・治療の情報はどこに? 東京女子医科大学のメディアセミナー 医療・病院館管理学教授 上塚芳郎氏に伺う”. 情報管理. Vol. 51, No. 3, (2008), 220-221 .http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/51/3/220/_pdf/-char/ja/
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by lykkelig | 2009-03-19 20:07 | 家族、友人など

「世界基準の図書館情報サービス」

ヨコタ=カーター 啓子さんが書いた「世界基準の図書館情報サービスーーアメリカの大学図書館からの視点」を読んだ。月刊誌『情報管理』(2008年)に掲載された3回シリーズだ。

ヨコタ=カーターさんは、1999年よりシアトルのワシントン大学図書館東アジア図書館日本学研究司書をしており、北米日本研究資料調整協議会電子資料委員会委員長としても活躍している。

ヨコタ=カーターさんによると、図書館は「知識力」時代の中心地、学びあうための集いの場であり、「思想の自由を守る場」、「世界平和を築くグローバル市民を育成する大学教育機関」であるという。

ライブラリアンとして、日々の仕事に加え、年1回専門家会議への国内出張、2年に1度の約1ヶ月にわたる海外出張しての資料購入などもある。そうしたライブラリアンへの予算が確保されていることが、充実した中身のある図書館につながっていくのだろう。

また、今や図書館に欠かせないITについて、女性や非白人がコンピューターにアクセスしやすいように工夫をこらしている現場についてもページをさいて紹介している。たとえば広報誌などに、女性や非白人がコンピューターを使っている写真を使うようにしているという。

日本人としてのアイデンティティ、さらに女性問題や多国籍文化研究など、ヨコタ=カーターさんの経歴から来る豊かな蓄積が随所に見うけられる。それでいて、読後は、アメリカの大学図書館の全体像を知ることのできる、そんな好エッセィだ。

◆ヨコタ=カーター 啓子さんのエッセイはWebで読める
『情報管理』http://johokanri.jp/
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by lykkelig | 2009-03-19 19:34 | 家族、友人など

「シ、プオ・ファーレ Si puo fare」

偶然、【日本に「バザ-リア」はいないのか?】というブログにであった。先週、私が同ブログで紹介したイタリア映画について書いているではないか。タイトル「シ、プオ・ファーレSi puo fare」。精神的病を持つ人たちについての映画で、日本では未公開作品だ。そのブログでは「大丈夫、できるよ」と和訳されていた。

上のブログによれば、毎日新聞WEB版 東京版、2009年2月5日朝刊掲載「イタリア:社会にとけ込む精神医療」に紹介されていたという。今イタリアでは、ロングヒットしているそうだ。

■映画試聴http://www.mymovies.it/trailer/?id=562

■毎日新聞「イタリア:社会にとけ込む精神医療」http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2009/02/05/20090205ddm007030041000c.html (2009年3月19日現在消えてない)

■Si puo fare鑑賞記
http://lykkelig.exblog.jp/10439984/
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by lykkelig | 2009-03-19 14:34 | ヨーロッパ

Core' n grato

「カタリ」と呼ばれているイタリアの歌は、"Core' n grato"(Ungrateful heart)という題名だ。冷たい心という意味で、カテリーナという恋人にふられた男性の、切ない気持を歌ったものだという。

この不朽の名歌を作ったのはサルバトーレ・カリディッロ(1874–1947) 。イタリアからアメリカに渡った作曲家。テノール歌手のほとんどが歌っている。

中でも1987年ベルリンで歌った、ホセ・カルラス JOSE CARRERAS の"Core' n grato"が好きだ。出だしのCatarìの「か」で、全身にとり肌がたってしまう。その美しさ、悲しさ。これぞ、しびれるという言葉以外に表現しようがない。VINCENZO SCALERAのピアノが夢のような響きを添えている。

Catarì, catarì, pecchè me dice sti parole amare,
pecchè me parle e 'o core me turmiente, Catarì?
Nun te scurdà ca t'aggio date 'o core Catarì, nun te scurdà!
Catarì, catarì, che vene a dicere, stu parlà ca me dà spaseme?
Tu nun 'nce pienze a stu dulore mio tu nun 'nce pienze, tu nun te ne cure.

Core, core 'ngrato, t'ate pigliato 'a vita mia, tutt' è passato e nun 'nce pienze chiù!
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by lykkelig | 2009-03-16 21:53 | 趣味、余暇

いつか読書する日

秀作「いつか読書する日」を観た。あまりの肩凝りから頭痛になってしまい、パソコンに迎えなくなった。こんなときはボンヤリとTV鑑賞がいい。私は、ソファーに寝ころがった。

田中祐子ふんする牛乳配達屋さん。毎朝、坂道の多い地区を自転車と徒歩で配って歩く。そのうちの1軒には、高校生の時に好きだった男が住む。

毎朝6時過ぎになると、門の横にある牛乳入れの箱が開けられ、2本の空き瓶を出し、2本の新しい牛乳が入れられる。その音をふとんの中でじっと聞いている男。彼の横には末期がんの妻が寝ている。

いろいろなシーンが続く。そして、田中祐子は橋の上から向こう側に見つけた彼を、「カイターッ」とファーストネームを呼び捨てで呼ぶ。呼ばれた彼は、ハッとして彼女の方に振り向く。このシーンは最高だ。彼は高校生に戻る。二人が仲良かった昔の日々に・・・。見ている私にも、女と男が対等な関係で時をすごしていた若い頃が伝わってくる。

50歳の女性が1人で誰にも頼ることなく、自立して生きることのすがすがしさも、胸が痛くなるほどいい。スーパーのレジ係りをたんたんとこなし、家に帰って1人、新聞を見ながら食事をし、夜遅くまで名作をむさぼり読み、朝は明け方から牛乳配達。自転車で配達できる平坦な道から、急な登り坂に来る。自転車をおりて、牛乳瓶を何本か木綿の袋に移し、目の前の坂道を見上げる。そして気合を入れる。「ヨシッ!」

http://www.eiga-dokusho.com/index.html
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by lykkelig | 2009-03-16 10:49 | 趣味、余暇

ンドゥーヤnduja

ンドゥーヤndujaという激辛ペースト状サラミが、なかなか減らない。ローマの友人宅で、太陽を浴びながら食べたときは、おいしかった。でも、日本に帰ってからは辛すぎて多くは食べられない。

そこで、インターネットでンドゥーヤndujaの食べかたを調べた。すると、ペンネにからめるソースにぴったりだとわかった。

4人分のンドゥーヤ・ペンネのレシピ。

ペンネ500グラム、胡椒1スプーン、(カラブリアのトロペアのものが最適)赤たまねぎ1個、ドライの白ワインを1グラス、トマトソース400グラム、砂糖一つまみ、オリーブオイル2さじ、塩少々。最後にペコリーノ・チーズを味付けに。

カラブリアのトロペアという地名は初めて聞いた。ガイドブックで調べたら、イタリアの先っちょ。島の上にあるサンタマリア教会というユニークな写真があった。青い青い海。ああ、行ってみたい!
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by lykkelig | 2009-03-08 20:52 | ヨーロッパ

「取締役クオータ制」で女性重役急増のノルウェー経済界

3月6日発売の『週刊金曜日』に、ノルウェーの会社取締役についての記事が掲載されました。

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by lykkelig | 2009-03-07 21:15 | ヨーロッパ

特権的な地方議員年金

3月6日朝日新聞、「地方議員年金  特権的制度、直ちに廃止を」という投稿を読んだ。筆者は立正大学院教授の渡部記安さん。年金政策国際比較論が専門。

論文によれば、「市議と県議を歴任し双方の支給要件を満たせば併せて受け取ることもできるし、国民年金とも併給が可能」と、ある。

東京都議会議員なったころ、「僕はね、三鷹市議を長年して都議になったので、両方から年金をもらえるんだよ。地方議員って恵まれているんだよ」と、聞いたことがある。市議、県議それぞれ12年して、国会議員10年した場合、基礎年金、2つの共済年金、国会議員年金の4種類を併給できるのだ。

当時、30代だった私は年金に関心が薄く、聞き流した。しかし、働きづくめだった一生を送り、年老いて認知症となった80代の母親の口座に振り込まれる国民年金の少なさを見て、彼の言葉を思い出す。

私はどうか。東京都立高校教員を10年ぐらい、その後、東京都議会議員を6年あまりした。ところが、地方共済のほうも満期20年にまったく達しておらず、在職12年という条件のある地方議員年金も、当てはまらない。しかも、今、解雇されたことを不服として裁判中だ。公権力相手に訴訟を起こすような人物は避けたいと思うらしく、仕事は見つからない。母親よりは多いはずだが、私の年金もひどいものだと思う。

都議をした経験や、地方議員との交流が長い私は、渡部さんの意見に全面的に賛成である。都議会議員の中には、年に一度も委員会に出席しなかった人もいた。議員質問もせず、選挙の前だけ選挙民の前に出て飲み食いをしたりして、また議員に当選する人もいた。女性議員や女性職員にセクハラをして笑っていた男性議員たち。そういう人が、在職中の報酬のみならず、多額の年金を終生もらっているのだ。大いに疑問を抱く。

私は、渡部さんのような年金専門家ではないが、議員経験があり、しかも特権に浴してないからこそ、12年以上勤めると平均年200万円近くもらえるという議員年金はおかしい、とはっきり物を申せる。

この財源は、議員の掛け金と自治体・国からの公費だ。渡部さんに言わせると、「2007年度の公費総額は330億円(公費負担率4割強)だった。特権的と強い批判を浴びて廃止された国会議員年金でも公費負担は25億円であり、地方議員年金の公費負担はその13倍にも達する」

これでは、地方財政をひっ迫させるはずだ。

地方議員は、私の知る北欧諸国では、ボランティアである。保育士、教員など普通の仕事をしながら、夜に議会に集まって会議をしたりする。そもそも日本のように、月額ウン十万円という報酬など得ていない。議員年金制度もない。

渡部さんに言わせると「ニューヨーク州議会や大ロンドン市議会のような巨大自治体では、議員の仕事が専門的で多忙であり兼業は不可能だとして年金制度はあるが、任意加入としている」。日本の全議員対象の議員年金制度は、世界の非常識だ。

とはいえ、この制度を改革する審議会は、地方議会議長など特権にどっぷりつかっている人がメンバーだ。こうした審議会がそもそも、改革などできるはずもない。

http://www.soumu.go.jp/menu_03/shingi_kenkyu/kenkyu/c_gikai_nenkin/pdf/060223_1_meibo.pdf
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by lykkelig | 2009-03-07 14:48 | 政治、選挙

私たちはできる! Si puo fare!

イタリア映画「Si puo fare」を観た。英語でWe Can Do That。連れ合いが「一緒に見ようよ」と誘った。

イタリア語の映画だが、英語のサブタイトルつき。要するに和訳のお手伝いをしてほしいということだった。

ジュリオ・マンフレドーニアGiulio Manfedonia監督作品。2008年制作の新しい映画だ。1980年のミラノが舞台。精神的病いをかかえる人たちが、床張りの職人として報酬を得、人間性をとりもどしていくというストーリー。

1980年、イタリアはバザリア法によって精神病院が解体された。そこにいた患者たちは、生協(実際は、日本における福祉共同作業所のようなところ)で、封筒の切手はりなどの単純作業に一日中従事させられている。まだ医師の強い管理下にあり、鎮静剤や睡眠薬などを投与されている。夜7時には就寝、日中も動作が鈍い。

その生協のマネージャー募集に応募したのがネッロ。映画「Si puo fare」は、彼が主役となって展開する。

ネッロは、務めていた労働組合を首になって、この生協にやってきた。彼は、プロとしての仕事を患者たちに覚えさせ、正当な報酬をもらえるようにしようと、考え実行する。全体会議を持ち、患者全員で話し合って決めていく、それが生協のルールだと教える。

ある日、統合失調症の二人が、廃材となった木端を使ってモザイクのようにつなぎ合わせることを思いつく。床はまるで芸術作品のように仕上がり、依頼人を喜ばす。芸術的床張り職人の誕生! 

ネッロは、彼らへの投薬を減らし、通常の大人の世界に飛び込むことを試みる。中には、社会の現実に適応できない人もいた。ネッロは、自分が彼らをあまりに遠くに連れて行ってしまったことに自責の念から辞職する。

ネッロのいなくなった生協。彼らは、医師から薬を投与され、封筒張りの福祉作業所にもどってしまう。

しかし、彼らは、ネッロが彼らに教えた全体会議を持ち、ネッロを呼び戻すことを全員一致で決定する。

イタリアのバザリア法、生協、働くこと、生きること、連帯など多くのテーマがちりばめられている傑作。重いテーマだが、ユーモアに満ちあふれている。すばらしい映画だ。

社会派ネッロの、プライベートないい加減さを手厳しく糾弾する恋人もなかなかいい。ネッロは恋人の気持ちを顧みなかったことを反省し謝ったりもする。80年代という昔の話だが、日本の男たちを見ると、まだまだ新鮮だ。


■Si puo fare!のホームページ(イタリア語)http://www.movieplayer.it/film/19468/si-puo-fare/
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by lykkelig | 2009-03-04 01:31 | 働くこと生きること

雪の中、薪運びをしながら

朝から雪が降っている。ストーブの薪が少なくなった。外に出て、家の横のほうに積んである薪の山から、玄関の前まで、薪を運んでこなくては。

雪の降りしきる中、ネコに薪を入れて、家の横から玄関まで薪運びをする。ネコがあるから、一度に20本ぐらい運べる。でも、腕にかかえてだと、せいぜい4、5本だ。

薪運びをしながら、スウェーデン映画「As it is in Heaven」のシーンを思い出した。雪の中を、両手にいっぱい薪をかかえ、玄関に向ってまっしぐら走っているダニエル。ストーブに薪をくべ、本当に燃えてくれるまで口をふいごにしてフーフーするしぐさ。薪ストーブでの生活をしている身には、実に印象的だった。

ネコは猫ではない。我が家の道具のひとつ。そのほかの道具たちは
http://lykkelig.exblog.jp/9151822/
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by lykkelig | 2009-03-03 15:29 | 家族、友人など
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