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身近な暮しを書きとめるノートです。
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Pannettone  

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ローマの友人ジルドよりプレゼント
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by lykkelig | 2008-12-16 23:39 | ヨーロッパ

ノルウェーの親友に木曾漆器

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奈良井宿に行った。車で40~50分だった。車は、高速道路を降り、塩尻から木曾に近づいたら、周囲の山々がぐっと近くにせまってくる感じを覚えた。路肩には、漆器販売を宣伝する大きな看板の数が増えてきた。

目的は、宿場町・奈良井宿の散策と、400年以上の伝統といわれる木曾漆器からプレゼントを買うためだ。

江戸時代には、「奈良井千軒」といわれるほどたくさんの宿場があったという。江戸と京都を結ぶ中山道の木曽路。往年をしのばせる家並みを保存し、観光地をめざしている。しかし日曜日なのに、小雪まじりの寒い日だったためか、人通りがとても少なかった。あるお土産屋さんのおかみさんは、「今日は寒いねぇ。ここには温泉がないから、寒くなると全然ダメですわ」とこぼした。

いくつか販売店を見た。お椀にしようか、徳利やおちょこにしようか、お菓子入れにしようか、コーヒーやお茶用のカップにしようか・・・。迷ったあげく、ちょっと足のついた多目的のお盆に決めた。いわゆる朱色の塗りではなく、深味のある濃い目の赤、えんじに近い色に塗りあがったもので、お菓子を盛り付けてもいいし、果物を置くにも似合いそうだ。

言葉や贈り物ではとてもお返しなどできそうもないくらい、お世話になったノルウェー・オーモット市に住む親友たち。私からのささやかなお礼の気持。

お昼にお蕎麦を食べて、喫茶店に移ってコーヒーをいただき、3時頃、奈良井宿を出た。その時、このずっと向こうに、あの『ああ野麦峠』(山本茂美著)で有名な野麦峠があるんだなあ、と思った。明治・大正時代に、岐阜から長野県内の製糸工場に出稼ぎにきた女工たちが、かならず通らなければならなかった峠だ。ほとんどが10代だったという。「糸引き稼ぎ」と呼ばれていたそうだが、日本の生糸産業を支えた女たちの奴隷労働である。

http://www.naraijyuku.com/
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by lykkelig | 2008-12-15 11:28 | 家族、友人など

羊の歌より

加藤周一は、リベラルの代表的知識人だ。これは誰もが認めることだ。さらに私には、戦前に生まれた日本男性にはめずらしいフェミニストとしてうつっていた。

彼の死を悼みながら、なぜ私が彼をフェミニストとぼんやり考えていたかを知るため、「羊の歌」(岩波新書)を読みかえしてみた。そこには、女性を対等の仲間として考えているらしい彼の姿勢がかいまみられた。

===「羊の歌」より引用====

●「男性的」・「男らしさ」・「男でござる」という風の一連の価値には、もともと深い興味を覚えたことがない。

●電車のなかで席に座っている男たちは、たいてい居眠りをして大きく股を開いていた。席に座るためには、腕力で他人を押しのける必要があったから、座っていたのは中年以上の男たちばかりで、女や老人ではない。あるときそういう光景を見た占領軍の若い兵士が、座っている男たちの一人を、手まねで起たせ、その代わりに女を座らせようとしたことがある。男は不承不承に起ちあがったが、空いた席には誰も座ろうとしない。座れという意味を、兵士は手まねで説明し、女が解るまでには暇がかかり、解った後でも、兵士と起ちあがった男の顔を見くらべていて、容易に動きそうもない。しかし・・・

●私はM大佐のジープで岩国の海軍病院を訪ねたことがある…。二人連れの若い兵士のまえで、M大佐がジープを停め、「どこへ行くのか」と訊くと、兵士は直立不動の姿勢で、敬礼し、「慰安所」に行きたいのだと答えた。「それならば、後の席に乗れ」---彼らが降りるまで、大佐は冗談をいって兵士を笑わせ、無駄口を叩きつづけて上機嫌であった。「そこには日本の娘は何人位いるのか…」。日本陸軍の大佐も、どこかの占領地で、兵士を自分の車に乗せ「慰安所」まで送ってやることがあったのだろうか、と私は考え、彼らが降りて行ったあと、M大佐が口笛で吹く歌劇《お蝶夫人》の一節を聞きながら、どうしても陽気になれない自分を感じていた。

●その日、シャンティーイの色づいた森は、午後の陽ざしのなかで金色に輝いていた。私たちは森のなかを歩き、私は彼女の眼のなかに、高い秋の空が映り、白い雲がしずかに動くのを見た。そのとき私は恍惚として万事を忘れた。

●もし私が一人の女を愛したとすれば、そのとき、世界中の何ものも私にとっては二次的な意味しかなかった。春宵一刻千金。その芸術的世界における等価値を、私は音楽の中に見ていた。
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by lykkelig | 2008-12-13 20:57 | 本、文書

VENGEROV

マキシム・ヴェンゲーロフ MAXIM VENGEROVのバイオリンを聴いている。
1974年、シベリア生まれのユダヤ人

なんという演奏だろう

心臓がえぐられてゆくような底知れぬ哀しみが
心に羽がはえて遠くへ飛んでいくような軽やかさが
白い花が限りなく一面に咲いている平原の輝きが
美しい母と笑いながら歩いてゆく一本路のゆかしさが
静かに落ちてくる雨の一滴に世界を見つめようとする魂が
私の中にしみわたり、全身をおおう

Charm and scintilating display・・・
And the performance?
It was a sensation.
(by Stephen Johnson, 2004)
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by lykkelig | 2008-12-09 20:13 | 趣味、余暇

猫と留守番

b0148594_1683015.jpg 信州の冬は寒い。一人で留守番をしていると、ますます寒い。2匹の猫は、この寒いのに外出がち。今日は、めずらしく、2匹とも在宅モード。このごろ、2匹はあまり一緒にいないことが多いので、思わずカメラのシャッターを切った。イタリアで取材している連れ合いに、送ってあげた。
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by lykkelig | 2008-12-08 00:05 | 家族、友人など

矢島翠さんが引用している本や映画

矢島翠著『ヴェネツィアに暮らして』に引用されている本や映画の一部

『ヴェニスの商人』
『ヴェニスに死す』(トーマスマン)
『旅情』(デイヴィッド・リーン)映画
『ベネチアの二つの広場』(陣内秀信)
『見出された時』(プルースト)
『即興詩人』(アンデルセン)
『ヴェネツィア』(ジンメル、川村二郎訳)
『わが生涯』(ヴァーグナー)
『米欧回覧実記』(久米邦武)
『ヴェネツィアの舟』
『善悪の彼岸』(リリアナ・カヴァーニ)映画
『ある女の存在証明』(ミケランジェロ・アントニオーニ)映画
『美術家列伝』
『シチュアシオン Ⅳ』(「ヴェネツィアの幽閉者」サルトル)
『失われた時を求めて』
『観察されたヴェニス』(メアリ・マッカーシー)
『ヴェニス』(ジェームズ・モリス)
「イタリアにおける1585年の使節」(アドレアーナ)
『サン・マルコ広場における行列』(ジェンティーレ・ベリーニ)
『詩篇』(エズラ・パウンド)
『独乙日記』(鴎外)
『ヴェネツィアとその河口地域』(ロレンゼッティ)
『ヴニーズの2週間』(アンドレ・マルロー)
『ヴェニスの石』(ラスキン)
『回想録』(カサノーヴァ)
『カサノバ』(フェリーニ)映画
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by lykkelig | 2008-12-07 21:43 | 本、文書

ヴェネツィアのゴンドラ

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矢島翠さんからの引用はつづく。今度はゴンドラについて

◆鉄道の終着駅サンタ・ルチアから、サン・マルコ広場のはす向かいにある税関岬まで、全長4キロたらずの大運河には、3つしか橋がかかっていない。大運河の中央――つまり町の中心に三角形の稜線を描く、有名なリアルト橋。駅前のスカルツィ橋。そして下流にある木造のアッカデーミア橋。大運河を通る乗合船は、鈍行ならば右岸と左岸におおよそ交互に停まりながら運行しているが、船を待つ間にさっさと歩いたほうがいい、という人は、この3つの橋のどれかを渡らなければ、反対の岸には行けないことになる。そこで、ところどころにある渡しのゴンドラが、大いに役立つわけだ。

◆19世紀後半の熱烈なヴェネツィアびいきのひとりであるヴァーグナーがゴンドラについて語るときには、すでに、ステロタイプの表現を繰り返す人の大仰さが感じられる。彼が1858年の夏、はじめてゴンドラを見たときの印象は「恐怖以外の何ものでもなく」「まことにペスト流行の折の葬列に並ぶごとき思い」(『わが生涯』)だったのだそうだ。

◆・・・1913年に世に出た、かのトーマス・マンの『ヴェニスに死す』である。
「この不思議な乗物は、詩的な物語の時代からほとんど変わらず受け継がれてきて、ほかのすべてのもののなかでも、ただ棺にだけみられるような、独特の黒い色に塗られている。それが思い出させるものは、舟ばたに水の音がする夜の、ひそかな、罪深い行いであり、それ以上に、死そのもの、棺の台架と暗い埋葬と、最後の無言の旅である。・・・」

◆・・・そして、その色は、1562年、貴族たちがたがいに贅を競いあう傾向を抑えるために、黒のほかはまかりならずと政令で定められた時以来、ほかの色に塗られたためしはないのである。

◆同じく外国からの旅行者でも、バイロンやシェリーに30年ほど先立ってヴェネツィアを訪れたゲーテや、あるいは鴎外訳の『即興詩人』をまだ知らなかった時代の極東からの旅人は、なんとさわやかな心で、ゴンドラの行き来を眺めたことだろうか。ゲーテは・・・「たちまち、すべてのヴェネツィア人がゴンドラに乗る時に感ずるように、アドリア海の支配者の一人であるかのよう」が気持になったのだった。また、ヴァーグナーに少し遅れて<威尼西府>を訪れた、あの使命感にみちた観察者――岩倉使節団の記録掛、久米邦武も、ゴンドラを描写するときは実にたのしげだ。19世紀挙げての陰鬱なゴンドラ観のコンクールの中で、彼の次のような文章は、ほとんど一服の清涼剤である。
「・・・棹を打てはんはんとして往返す、身を清明上河の図中におくがごとし、・・・飄飄乎として登仙するかごとし。・・・」

(出典:矢島翠『ヴェネツィア暮らし』平凡社文庫)
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by lykkelig | 2008-12-07 21:05 | 本、文書

矢島翠「ヴェネツィア暮らし」

加藤周一さんの伴侶、矢島翠さんの本「ヴェネツィア暮らし」を読んだ。

博学と緻密な調査による筆力に圧倒される。精神病院についてはこうだ・・・

◆島はそれぞれに固有の役割と顔を持つ。ムラ―ノはガラス細工の島であり、ブラーノは色とりどりの民家と、レースの島である。・・・ 島はまた、孤立と静寂の場所、少なくともそれらの性質を期待される場所である。みずからすすんで、あるいは人々の望みに従って、姿を隠す必要のある人間は、同類相集まって、特定の島におもむく。死者はサン・ミケーレ島へ行く。

◆島が持つ<避病院>向きの性格は、すでに中世から、おおいに活用されてきた。たとえば、<旧ヴェッキオ>と<新ヌオーヴォ>の二つがある<ラッザレット>Lazzarettoという島の名は、フランス語のLazaret や英語のLazarettoにもつづりをほんの少し変えてとりいれられているが、これは、そのものずばりの隔離病院を意味する。

◆精神病院はサン・クレメンテ島よりも早く1725年に、同じ水域にあるサン・セルヴォロ島に開かれていた。あらゆる階層に解放されるようになったのは、ヴェネツィア共和国にとっては怨敵であるナポレオンの<善政>のひとつだった。水上都市の滅びの相をうたいあげていた浪漫派の詩人たちが、<狂人の島>に惹かれないはずはなかった。シェリーは「ジュリアンとマッダロー、ある対話」(1818)と題した詩で、狂った心の嘆きと笑いと呪いの声が入りまじる島について語り、そのおかげで、サン・セルヴォロ島の存在は有名となった。しかし今日ではこの島は、工芸品の製作・修復の技能養成センターに生まれ変わっている。

◆病者のための島々を総称して、かつて人びとは<苦しみの島々(ドローレの島々)>といった。

(出典:矢島翠「ヴェネツィア暮らし」平凡社文庫)
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by lykkelig | 2008-12-07 20:09 | 本、文書

加藤周一さん逝去から考えたこと

大学時代から、最も影響を受けた文化人の一人。89歳の大往生。

すごいのは、執筆・講演活動だけでなく、自ら先頭にたって市民
運動をしていたこと。2、3年前まで「9条の会」の呼びかけ人とし
て全国的な平和運動をしていた。

矢島翠さんが連れ合だということは前に聞いたことがあったような
気がする。でも今朝の新聞であらためて知った。

加藤周一は、尊敬する日本男性の筆頭。連れ合いがあの矢島翠
さんだということに、別の意味で尊敬の念が増してきた。

彼女は、日本では数少ないフェミニストの作家。確か、私が大学
時代、黒人女性マヤ・アンジェローの世界的に有名な女性解放
エッセイ I Know Whay Caged Birds Sing を、日本に翻訳・
紹介した。 私は、英語の方を読んだけど・・・  彼女の翻訳本は
「歌え、翔べない鳥たちよ」

加藤周一さんのことを思いながら、彼の人生のパートナー矢島翠
さんのほうに、心が動いた今朝の私でした。
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by lykkelig | 2008-12-07 12:05 | 女性運動

ローマの魔女

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「Maria Graziaが、マリ子にと魔女をプレゼントしてくれたぞぉーー」と、、ローマの居候先の部屋で撮った写真が、メールで日本に届きました。背中に背負っているのは布袋。これにクリスマス用のプレゼントを入れるのだそうです。

ローマから箒にのって魔女が日本にやってきます。楽しみ、楽しみ!


 
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by lykkelig | 2008-12-07 00:35 | ヨーロッパ
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