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身近な暮しを書きとめるノートです。
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バザリア(バザーリア)賞セミナーに聴衆200人

バザリア(バザーリアとも言う)賞関係セミナーが、サンセルボロ島で終わった。何といっても驚いたのは、200人もの聴衆が、炎天下に舟でサンセルボロ島まで来たくれたことだ。サンセルボロ島は、ベニスのサンマルコから船に乗ってくる小さな島だ。

受賞者の大熊一夫は、物事を慎重に考える人。「6月24日の顔ぶれは、バザリアの身内や親類縁者を集めての法事ではないか・・・・」などと心配していた。きっとそんなに集まらないのでは、と。

ひどく心配する彼を見ながら、人が少なかったら本当にかわいそうだなと思った。会場で人を待っているのも辛かったので、船着場に移動した。ちょうど始まる直前、続々と船着場から降りた。ほとんどが、バザリア賞セミナーの会場を目指して歩いていった。この人たちは、バザリア賞セミナーを聞きにきた人なのだろうか。半信半疑で、会場に戻った。オーッ! なんと人があふれかえっているではないか。感激した。
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by lykkelig | 2008-06-30 23:41 | 社会問題

バザーリア賞受賞記念スピーチ(イタリア語)

Il senso comune giapponese non ha senso nel mondo (tradotto da Yasuo Sato)

Kazuo OKUMA

Inizio il mio discorso raccontandovi della mia esperienza personale.
La mattina del 3 febbraio 1970, io giornalista dell’autorevole quotidiano Asahi Shimbun entrai in un manicomio privato di Tokyo, sorretto ai due lati dalla mia exmoglie e da un collega.
Si diceva che questa istituzione ricoverasse in ospedale persino una persona ubriaca accompagnata dai familiari quando costoro dicevano che era un “ubriaco cattivo”. Pensavo che non fosse possibile in uno Stato costituzionale rinchiudere una persona in una stanza blindata come un carcere, solo per ubriachezza temporanea. Mi domandavo se succedeva davvero una cosa cosi’ inverosimile. Avevo 32 anni, ero un semplice ma curioso giornalista di cronaca sociale. Decisi di andare a verificarlo di persona.
Con mia sorpresa mi hanno ricoverato molto facilmente in un padiglione chiuso!
L’ospedale era classificato dagli specialisti di medio livello. In quel periodo si erano verificati nei manicomi giapponesi moltissimi casi scandalosi: omicidi di ricoverati commessi da operatori, assassini fra ricoverati, obbligo di lavori forzati dei ricoverati per costruire un giardino della villa del primario o un campo sportivo di un ospedale, occupazione dell’ amministrazione di un ospedale da parte della criminalita’ organizzata ecc.

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by lykkelig | 2008-06-29 11:32 | 社会問題

サルディーニャ料理

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トールタ・ディ・アリーチェTorta di Alice。
いわしとローリエを順番に並べてオーブンで焼いたもの。いわしの重ね焼きという感じ。松の実をたくさん使っていたようだ。キリリと冷やした白ワインにぴったり。手前はカラスミを入れたエキストラ・バージン・オイル。

サルディーニャはローマから飛行機で1時間の島。海の好きな友人夫妻がバカンスに出かける隠れ家があるらしい。

「美味しい! 日本に帰ったら僕のレパートリーのひとつにするぞ」と連合いが言いました。
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by lykkelig | 2008-06-29 10:53 | ヨーロッパ

バザーリア賞授賞記念スピーチ(日本語)

大熊一夫によるバザリア(バザーリアとも言う)学術賞受賞記念セミナー講演録です。2008年6月24日、大熊は、イタリア・ヴェネツィアにおいてイタリア語でスピーチを行いました。

ノーベル賞受賞スピーチなら、世界中のメディアが報道するのですが、バザーリア賞はそうはいきません。日本のマスコミも、とりあげてくれませんでした。というわけで、栄えあるバザーリア賞第1号の受賞スピーチの元原の日本語原稿を紹介します。

日本語スピーチ原稿は全文ではありませんので、全文を読みたいかたはイタリア語のほうをどうぞ。

■■イタリア・日本…… 民主主義国家における精神医療施設の夢と悪夢■■

私自身の体験から、お話します。

朝日新聞社の記者だった私は、1970年2月3日朝、ひどく酔った状態で、かつての妻と、会社の同僚に両脇を抱えられて、東京の私立精神病院の門をくぐりました。

その病院は、酩酊状態の人物を家族が連れていって「この人は酒癖が悪い」と訴えると入院させる、と噂されていました。単に酔っているという理由だけで、牢屋のような病棟に閉じとめる。これは、日本のような立憲民主主義国家にはあってはならないことです。本当に、そんな嘘のようなことが起こりうるのか。

好奇心に満ちあふれた32歳の社会部記者だった私は、自分で試してみることにしました。そうしたら、本当にあっけなく閉鎖病棟に入れられてしまったのです。

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by lykkelig | 2008-06-29 10:05 | 社会問題

イタリア第1回バザリア(バザーリア)学術賞

イタリアの第1回バザリア(バザーリアとも言う)学術賞が大熊一夫に決まりました。詳しくは、http://janjan.voicejapan.org/culture/0806/0806250512/1.php

バザリア学術賞とは、「イタリア精神保健改革の父」と称えられる精神科医、フランコ・バザリアの名を冠した賞です。バザリアは、半世紀も前に「精神病院は治療に不適切」と言って、イタリアでの精神病治療をドラスティックに変えた人。

第1回受賞者となった大熊一夫は、『ルポ・精神病棟』(朝日新聞社)で知られるジャーナリスト。この本は、日本の精神病院の非人間性を白日のもとにさらして衝撃を与えました。また、幾度か改革の中心地トリエステなどを訪問して新聞や雑誌等に記事を書き、その記事がもとでトリエステを訪れた日本人が1,000人を超えたとか。さらに、今年は、『週刊金曜日』で、20回にわたって「ルポ 精神病院をぶっこわした国イタリア」を連載しました。そんなことから、審査委員の全員一致で選ばれたようです。

選ばれたのは日本の男性ですが、選んだイタリア側はみな女性でした。バザリア財団の理事長、副理事長、出資したベネチア県の副知事(文化社会担当)・・・。

バザリア学術賞記念式典・セミナーは、6月24日、ヴェネチア県サン・セルボロ島の国際会議場にある「バザリア・ホール」で行われました。セミナータイトル「人権とメンタル・ヘルス――バザリアの視点」。

b0148594_8271469.jpgバザリア学術賞を渡され喜ぶ大熊一夫。左からバザリア財団理事長マリア・グラッチア・ジャンニケッダ(大学教授)、同副理事長アルベルタ・バザリア(ヴェネチア市社会・市民問題部部長)、ベネチア県副知事リタ・ザニッテル、大熊一夫。副知事は「バザリアの業績を保存するためだけではなく、さらに発展させていくための研究を望む」と挨拶し、大熊に賞金を授与しました。



b0148594_8341716.jpgバザリア財団副理事長と抱き合って受賞を祝う大熊。左は財団理事長。副理事長はヴェネチア市社会・市民問題部部長で、その部の下にDVシェルターや女性問題の課があり、熱心にとりくんでいるそうです。



b0148594_1792927.jpgシルバーナ・ミシティSilvana Misiti (右)はヴェネチア州の部長として重要な仕事をこなした女性。イタリア共産党の幹部としても活躍していました。24日の授賞セミナーにローマからかけつけ、最後まで熱心に聴いていました。夫のラファエロ・ミシティRaffaello Misitiは、フランコ・バザリアの親友で彼の死後6年後に61歳で死亡。左は美術史が専門の持丸史恵イタリア語通訳者。


b0148594_1718389.jpg受賞カタログを持つ大熊一夫。私もパートナーとして招待され同行。セミナー前から、カメラ2台肩にかけ写真をとりまくりました。そんな私を「日本から来たジャーナリスト」と副知事はスピーチで紹介してました。とった写真は約300枚! 暑さの中さすがに疲労困憊。受賞記念セミナーの後の受賞記念パーティで、ホッと一息ついた私です。この夜、眠い目をこすりながら記事を書き上げ、JANJANに送りました。


b0148594_847824.jpg授賞式のあったサン・セルボロ島にはベネチア本島から船--バポレットと呼ばれる水上バス--で乗りつけます。ギラギラ照りつけるイタリアの太陽の下、セミナーに出るため船から降りた人々。


b0148594_0571865.jpg酷暑のヴェネチア。冷房のほとんど効かないホールで、熱心に耳を傾けるみなさん。女性が多い感じでした。バザリアの方針にそって精神病院解体を進めた時、「家に“患者”を戻して、また私たち女に24時間世話をさせる気か」という意見について毎晩、討論が続いたと聞きました。イタリアは、日本同様、「女は家」の押しつけの強い社会です。この大命題にどう応えたのでしょうか。


b0148594_8505558.jpgサン・セルボロ島は70年代まで精神病の人々を隔離収容する島でした。今、病院はなくなり、大学と会議場の島に生まれ変わりました。島の一角は、「精神病院博物館」(写真)として残されています。そこには、治療の名のもとに使われた器械、体を縛るさまざまな道具、“研究”に使われた患者の脳や頭蓋骨などが保存・展示されています。



b0148594_931669.jpg「精神病院博物館」(上の写真)に陳列されている、体を拘束したり縛ったりする鉄製の道具の数々。このほかにも周りが海だからか、網で作られた籠のような器具もありました。全身を縛ってその中に入れ、海に沈めてショックを与えたのだという説明がありました。



b0148594_11425355.jpg患者に電気ショックを与えるための器具の多種多様さ。治療の名のもとに、精神病の人たちに底知れない恐怖を与えた道具です。



b0148594_921289.jpg「博物館」に展示された精神病の人たちの頭骸骨。当時は、研究の名のもと、精神病の人々の頭蓋骨の大きさをはかったり、脳の調査をしたそうです。昔は産後や育児中に精神を侵される女たちが多かったといいます。女性は家の中で弱い立場にいたし、社会的呪縛の下、精神を侵され簡単に入院させられたことでしょう。どれが女性の頭蓋骨かはわかりませんでしたが・・・。


b0148594_11484.jpgサン・セルボロ島に張り巡らされた高い塀の鉄製の窓から見えるヴェネチア本島。夕暮れの海のかなたは息を飲むような美しさ。その昔、この島に隔離された精神病の人々はこの景色を見て何を思ったのでしょうか。



b0148594_0411459.jpgサン・セルボロ島のホテルにあったヴェネツィア全島の地図。その横に6月24日バザリア賞受賞記念セミナー案内が貼られていました。前日に見つけました。それにしても、ベネチアン・グラスのシャンデリアの輝きはなんてすばらしいんだ。






                                
                                     (敬称略)
参考:
バザリア学術賞記念セミナー・プログラム
サン・セルボロ島
大熊一夫・バザーリア賞授賞記念スピーチ

【写真撮影は4枚目:持丸史恵、最下:大熊一夫、ほかは筆者】
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by lykkelig | 2008-06-29 09:06 | ヨーロッパ

バザリア賞第1回受賞者に大熊一夫

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 バザリア(バザーリアとも言う)賞受賞記念セミナーを終え、パーティ。賞状を持つ大満足の大熊。ヴェネツィアのサンセルボロ島にて。写真撮影は持丸史恵さん。大熊一夫は、イタリア語で受賞記念講演をした。その日本語はこちら
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by lykkelig | 2008-06-29 08:18 | 家族、友人など

ムラーノの町

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by lykkelig | 2008-06-29 01:12 | ヨーロッパ

ガラス職人

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ヴェネチア・ムラーノ島のガラス工場をのぞいてみました。観光客向けに作業中を見せてくれるお店がありました。700℃の高温の中で作られるガラス細工。飴のように伸びる真っ赤なガラスをくるくると回して、整形していく。汗だくになったシャツは色が変わっていた。できあがったガラスの輝きからは想像できないが、大変な労働だ。

ここの工場には10人ぐらい職人がいたが、全員男性だった。イタリアも美術工芸品の作り手は、男の牙城なのだろうか。同じ敷地にお店があったが、そちらのレジには女性職員がいた。職人は男性で「マエストロ」なんて呼ばれ、職員は女性。賃金も違うんだろうな。
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by lykkelig | 2008-06-29 00:59 | ヨーロッパ

ヴェネチアのランチ

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ヴェネチアン・グラスの生産地ムラーノで食べたランチ。オーダーは前菜(アンティパスト)だけ。手前がベジタブル、向こうがお魚です。パンがついてくるので、これにワインとお水をオーダーすると、十分すぎるほど立派なランチ。すぐ目の前の運河を通って吹いてくる風が心地よい。

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食後のドルチェがまた美味しかった。

大体どこもそうだが、このリストラントも、台所のシェフは男性、できあがったものをサービスする人は女性だった。
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by lykkelig | 2008-06-29 00:56 | ヨーロッパ

橋のたもとのワインバー

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サンタ・ルチア駅から水上バスに乗って10分ほどのザッテレZattereへ。仕事を済まして海辺を歩いていたら、なにやら向こうに人だかり。何かな? 行ってみよう。

橋のたもとのVINIという看板の下に大勢集まっている。立ち飲み酒場だ。橋を囲んで手に手にグラスを持ってみんな楽しそう! いい顔している!

酒場のカウンターから、前菜(アンティパスト)とワインを注文する。イカと、オリーブと、えーと名前がわからない「向こうの左のそれ」と・・・ヴィノ・ビアンコをお願い。

日中は37度だが、夕方になると少し涼しくなり、橋のたもとでかもめと一緒に一杯やるのがいい。安くて、美味しくて、プロレタリアートには最高!

ちょっと橋の上に座ってもいいかな。あーおいしい。しばらくして「座らないでください」とお叱りを受けた。Scusi!
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by lykkelig | 2008-06-29 00:55 | ヨーロッパ
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