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身近な暮しを書きとめるノートです。
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音楽室

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「バッファローの角をもらってきた」と言ってから何年になるだろう。ずっと床にほおりっぱなしだった。スペースを占有するので、「捨てたら・・・」と何回も言った。

ところがある日、音楽室の柱の上部を見たら、牛のオブジェとなって生き返っていた。使わなくなったギターを顔にして、バッファローの角を牛の角にして、古着をあしらって作ったという。
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by lykkelig | 2008-04-29 22:22 | 家族、友人など

ノルウェー友人からの贈り物

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by lykkelig | 2008-04-26 12:33 | 家族、友人など

中西珠子さん国会発言集

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中西珠子さんが参議院議員だったときの国会での発言集が、女性連帯基金から出版されました。その出版を記念したパーティの時の貴重な写真が見つかりました。

事務局長の中嶋里美さんと、兼松千恵さんが中心になって大変なお仕事をしてくださり、中西さんの活躍を世に出すことができました。私は、当時、仕事の都合でほとんど編集作業をお手伝いできず申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それでも、女性連帯基金事務所のある東京都文京区で行われた出版記念パーティにはかけつけることができ、少しはほっとしました。

中西珠子さんは前列中央です。

2002年発行の『中西珠子国会発言集』を購読希望者は、メールをお寄せください。bekokuma(a)hotmail.com =(a)を@に書きかえて送信をお願いします。
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by lykkelig | 2008-04-25 23:13 | 女性運動

中西珠子さんを想う

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中西珠子さんがお亡くなりになりました。2008年4月3日でした。

お通夜で、ご長男が挨拶をされました。「母は生涯を男女平等に尽くした人でした」に、とても力がこもっていました。隣にいた木村民子さん(前文京区議)が、「私たちが、中西さんの意志をついでがんばらなくてはね」と私の耳元にそっとささやきました。

その1週間ほど前、中西さんのお誕生日は3月なので、お祝いをと、ご自宅にお電話をしました。何回かお電話したことがあるのですが、つながらないことが多く、その日もそうかもしれないと半ばあきらめつつのお電話でした。ところが、その日は、ご家族の方がすぐ電話口に出、中西さんに回してくださいました。

中西さんは、「ま、お誕生日よく覚えててくださったわね」と言いました。私は、女性連帯基金のパソコンでお誕生カードを贈ったら中西さんがとても驚いて見ていたこと、昨今の政治情勢などとりとめもない四方山話をしました。「会ってお話ししたいわ。もう少し季節がよくなったら、またお食事しましょうね」と約束してくださいました。お話ししている途中で、「風邪気味でどうもよくならないのよ」と咳き込んだりなさったので、長話してはいけないと思い、切りました。はりのあるお声でしたので、まさか、その1週間後に訃報に接するとは思ってもみませんでした。

これが、中西さんとの最後の会話となりました。

中西さんは、参議院議員時代に雇用機会均等法の制定にからだをはって尽力した数少ない国会議員です。国会にロビーイングをした女性団体「私たちの男女平等法をつくる会」のメンバーだった私は、リーダー格の中島通子弁護士を通じて、中西さんの熱のこもった国会答弁について聞いたことがあります。

お通夜の会場に、当時の映像が流れ、在りし日の中西さんの気迫あふれる国会議員姿に接することができました。

その後、私は中西さんと国際会議に何回か同行しました。私の渡航費を補助してくださったこともあります。フィリピン、韓国・・・。海外で生活をともにすることで、中西さんと私はさらに近くなっていきました。女人禁制だった早稲田にもぐりこんで勉学に励んだことも話してくれました。海外では、「パープル・レディ」というニックネームで呼ばれていました。中西さんが、紫色が大好きで、衣類からハンカチまでトータルに紫色でまとめていたからです。

また、全国フェミ二スト議員連盟を支えて下さいました。連盟にお誘いしたところ、快く入会。入会しただけでなく、カンパをして下さったり、連盟の講演会で絶妙のスピーチをして下さいました。当時の首相や大臣をクラスメートのように茶化して笑いを誘いました。とくに宮沢喜一首相とは若い頃一緒にアメリカに行ったとかで、誰も知らないエピソードにおなかを抱えて笑いました。「○○議員と△△議員は大臣病患者、しかも重症だからダメ」などという議員評は中西さんだからこそのコメントでした。私は「TVの政治コメンテーターになって」と言ったことがあります。こんな中西さんを私たちは「珠子ちゃん」と親しみをこめて呼んでました。

中西さんは、議員退職後、女性連帯基金というNGOを創設しました。女性議員をもっと増やそうという目的でした。中西さんが、その貴重な蓄財を、女性の地位向上のため、女性議員を増やすために拠出しようとしている心意気に感動した中嶋里美さんと私は、体をなげうって一緒にやりぬこうと決意をしたのでした。中西さんと中嶋さんと3人が、新宿の中村屋で会食をしながら、創設の前段階の相談をしたことを思い出します。

代表中西さん、事務局長中嶋里美さん、会報担当兼松千恵さん、そのほか中西さんの議員時代からの秘書の方々でスタートしました。私は副代表でした。

創設にあたっては、会議に次ぐ会議。会の規約や運営方法を決めました。同時に、オフィス探し。中西さん、中嶋さん、兼松さんと、不動産会社を回って、物件を探し、空き部屋を見て回った日々を思い出します。結局、中西さんの東京のお住まいの近くにオフィスが決まりました。事務用品をそろえたり、オープニングに向けて大車輪での準備。私も真っ赤なソファーを提供しました。

女性連帯基金は、小さいながらも次々に多様な企画を実行していきました。中嶋さんと私が活動していた行動を起こす女たちの会を研究調査していた、山口ともみさん、その友人の田丸瑞穂さん、私の友人のかとうちひろさんなど若い力も入りました。ボランティアに近かったのですが、使命感いっぱいで働きました。大プロジェクトがはいると、徹夜に近い日々が続きました。

数年して、女性連帯基金をNPO法人に、という流れになりました。当時、国会でNPO法人についての法律が審議可決したころでした。

創設時にはNPO化を想定していた私ですが、NPO化に難色を示しました。運営してみて、使命感と情熱があっても経営には別の知識・能力がいることが身にしみてわかったのです。中西さんが快く思わないことはわかっていましたが、NPO法人化を思いとどまってくれるよう私は何度も言いました。結果は、中西さんの強い希望に加え、NPO法人にしたいというスタッフの意見が多くNPO法人となりました。

しばらくして、経済的余裕のなかった私は、大阪に職を得たため以前のように定期的にオフィスにつめることができなくなりました。中西さんに何度か副代表の辞任を申し出ましたが、受けていただけませんでした。できる範囲で参加したものの、中西さんの期待にそえないまま、時がすぎていきました。こうして女性連帯基金は、諸般の事情で解散してしまいます。

中西さんがNPO法人としたのは、女性連帯基金をさらに発展させたいという大きな夢があったからに違いありません。それがこういう結果となってしまい、どれほど無念だったことでしょう。中西さんの夢を現実に近づけるために、私は何をすべきだったのだろうか・・・。支えきれなかった自分が、心に深く深く、沈殿しています。

でも、中西さんを中心に、女性連帯基金を維持運営していった意義は絶対あったと思います。女性議員を増やすために活動する団体に出した奨励金(1団体50万円)によって、「これでしばらく、息つけます。活動できます」と喜ばれた女性運動団体がたくさん出ました。「エンパワーメント奨励賞」という事業でした。女性を政治の分野に増やすためのシステムがほとんどない日本で、女性連帯基金の奨励賞は、女性運動団体にとって生き延びるための糧となったのでした。

中西さん、安らかにお休みください。合掌

(写真は、女性連帯基金が2002年に発行した『中西珠子国会発言集』。購読希望者は、メールをお寄せください。bekokuma(a)hotmail.com =(a)を@に書きかえて送信をお願いします)
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by lykkelig | 2008-04-25 14:14 | 女性運動
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