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身近な暮しを書きとめるノートです。
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ノラのマカロン

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友人の悦ちゃんはノラ(野良)という愛称です。悦ちゃんが信州まで遊びにきました。ノラといえばノルウェーの偉大な劇作家イプセン作「人形の家」の主人公。自立を求め夫と子どもを捨てて家を出ます。そのノラが大好きだっのがマカロンです。

日本のノラこと悦ちゃんと、ノルウェーのノラの二人ために、連れ合いがノラのマカロンを作りました。連れ合いいわく「マカロンつくりは見かけよりずっと難しい!」

【ノラのマカロンのお話】
マカロンはイタリアが元祖のお菓子です。16世紀、フィレンツエのメディチ家からフランスの国王アンリ2世のもとに嫁いだカトリーヌ姫が、数多くのお菓子と共に持って行き、それがフランス各地でアレンジされて、フランス菓子として定着したのだそうです。つるつるの表面、ギザギザしたピエと呼ばれる土台。カラフルな色とコロンとしたかわいい形が、今でも世界中で愛されています。

マカロンはノラの大好物。夫ヘルメルは、歯が悪くなるからとノラがマカロンを食べることを禁じるのですが、ノラは夫の目を盗んでは食べます。マカロンは、人形のような妻ノラの、夫へのささやかな反逆の象徴なのです。

ヘルメル「ぼくは、何も変わってほしくないな。ぼくのかわいい小さなヒバリちゃん。
でもなんだかおかしい、何かあるぞ。きっと」
ノラ  「何かしら?」
ヘルメル「ぼくの目を見てごらん」
ノラ  「ほら、見たわ」
ヘルメル「甘いものに目がないワルちゃん、今日、街でいけないことしなかった?」
ノラ  「なぜそんなこと言うの」
ヘルメル「このお嬢さんは、すぐお菓子屋さんに駆け込んでしまうからさ」
ノラ  「行ってないわ、ほんとよ、トルヴァル」
ヘルメル「ほんの一つだけって、つまんだりしなかった?」
ノラ  「してないわ」
ヘルメル「マカロン一つ、なんてことは?」
ノラ  「してないわ、ホントよ」
ヘルメル「ほんの冗談だよ」
ノラ  「だって、あなたがしちゃいけないって言うこと、わたしがすると思って?」
【出典:A DOLL'S HOUSE by Henrik Ibsen (translated and introduced by Kenneth McLeish) 三井マリ子訳】

引用「人形の家2006プロジェクト」
http://gate9.dip.jp/~anna/cgi-bin/blog/diary.cgi?page=2
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by lykkelig | 2006-09-09 17:15 | ノルウェー

マリア・グラッツィア・ジャンニケッダ

ローマのマリア・グラッツィアから私宛にメールが来たのは、2006年夏だった。

私たちは、2003年春、2人の新しい住所を知らせる写真入りのあいさつ状を出した。彼の離婚が正式に成立したのは1996年だったが、数年間、その事実を公にできなかった。時が流れ、知っている人も多くなってはきたものの、中には嘘でたらめの噂もあり、きちんと挨拶状を出そうということになった。2人で文章やデザインを考え、私の友人に制作を依頼した。それを各々の親しい友人・親戚・仕事先に出した。

マリア・グラッツィアも、その1人だった。彼女は、私たちが郵送したカードに記載された住所とメルアドを見て、返事をよこした。

「まだイタリアの精神保健改革に関心を持っているなら…」で始まっていた。彼女は、何回か連れ合い宛に手紙を出したが、返事はなかったと説明していた。「もう一度だけ、あなたにコンタクトをとってみようと思います。今度は直接マリコを通じて」と書いている。2人の挨拶状から、すでに3年ほど時が経っていた。よく彼女があきらめずに何度も連絡をとろうとしたことよ、と思う。

こうして2006年夏、彼女の便りが、信州にいた私のパソコンに届いた。メールの中身は連れ合い宛だったが、私宛だったことが幸いした。彼は当時、そう頻繁にメールを活用していなかった上、英語のメールは開かなかったからだ。

メールを読んで、私はすぐ彼に「マリア・グラッツィアから手紙がきたよ」と叫んだ。そしてその夏、ノルウェーに行くことになっていた計画を、急きょ帰路ローマに立ち寄ることに変更。私は、ローマでマリア・グラッツィアとの10年ぶりの再会を果たした。

マリア・グラッツィアは、若いころイタリア精神保健改革に深くかかわった人だ。女性解放運動にも強い関心を持ち、1990年代に初来日した時、私は彼女を連れて、セクシャル・ハラスメントの被害を実名で明らかにしていた女性の話を聞くため、九州まで会いに行った。

私は90年代当時、都議会議員をしており、セクシャルハラスメント対策を東京都の政策に入れ込もうと、調査し、発言を続けていた。数多くの事件や情報が集まる真っただ中におり、彼女に日本の実態を詳しく説明した。
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by lykkelig | 2006-09-01 23:15 | 家族、友人など
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