身近な暮しを書きとめるノートです。
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離婚について
■離婚について
育児休暇をとろうとしたら、次の契約更新がないと市から言われたパートの女性。働こうにも子どもを保育園に預けられず、近くに頼める親戚もいないため途方にくれる女性。
こうした日本の悲惨な現状を知る私には、ノルウェーの子育て事情は夢のようだ。しかし、ノルウェーにとっても挑戦すべき課題は山積みだという。その中から離婚にまつわる問題をとりあげよう。
ノルウェーは、結婚1000件につき12.6が離婚に終わっている。別の統計の取り方によると、人口1000人あたり離婚率2.28だ。サンボーと呼ばれる事実婚や同性カップルの別離は公式統計に含まれないので、実際ははるかに多い。
■共同親権の国ノルウェー
問題は、16歳以下の子どもがいる夫婦の離婚だ。日本と違って、ノルウェーの親は共同で親権を行使しなくてはならない。いわゆる共同親権だ。どちらかの親に決め、その親だけが子どもを育てるという単独親権は、先進諸国では日本だけだ。
離婚は人生の大事件だ。生活、人間関係、経済、居住地など、取り巻く環境が激変する。私もそうだったが、離婚後不安にさいなまれ眠れないことも多かった。「これでよかったのだろうか」と、自分の出した結論がゆらいだこともある。大人だってそうなのだから、ましてや子どもにとっては、その不安はさらにさらに大きい。転校しなければならなかったり、近所の仲良しと離れ離れになったり、離婚前に親密だった祖父母またはいとことの関係にヒビがはいったり、いろいろなことが起こる。たとえカップルが別れても16歳までの子どもの環境に、こうした悪影響ができるだけ及ばないようにする。これが、ノルウェーの政策の基本だ 。
■家族カウンセリング・オフィス
離婚という結論に達するまでには、誰も悩む。新しい相手ができた場合、その相手も離婚という事態になるのだから、これは人生の大事件だ。次々に難問が押し寄せてくる。そういう時どうするか? ノルウェーでは、誰もが無料で、近くの「家族カウンセリング・オフィスFamily Counselling Office」 に駆け込めるようになっている。日本でいう、役所の無料法律相談だ。ノルウェーの場合は法律の情報提供というより、カウンセリングが主なようだ。
そして、いよいよ離婚をしようという気になったら、16歳以下の子どもがいる場合、別れた後、どのように子どもの世話を分担するかを話し合う、「仲裁セッション」に参加しなくてはならない。婚姻法によって定められている義務だ。
「仲裁セッション」は「家族カウンセリング・オフィス」内にあり、専門家が担当する。カップルは、そこに何回か参加し、親としての義務、どちらの家にどのように住むか、どちらがどのようにどのくらいの頻度で子どもを訪問するか、それぞれの親戚(とくに祖父母)とはどう会うか、同居しない親が支払う養育費、海外旅行する場合にはどうするか、などを取り決めて、双方が合意をとりつける。それなしには離婚はできない。仲裁セッションでどうしても決まらなかったら、法廷での決着となる。
ノルウェーの親友オーレ・グスタフ・ナルッドは、娘が小学低学年のときに離婚した。娘をひきとって育てたのは父親である彼のほうだった。彼は、時々、娘を連れて娘の母親側の祖父母の家に連れて行っていた。1997年ごろだったが、私も車に同乗してお宅にお邪魔しお茶をいただいたことがある。また、週末や長い休みになると、娘は母親の元で過ごしていた。
■親の離婚と子どもの権利
子どもは、親が離婚したことを知らされる権利がある。いわゆるもとからのノルウェー人のカップルの場合、小さな子どもにも離婚したことを正直に話す親がほとんどだ。多くのノルウェー人は、離婚を「たんすの中の骸骨skelton in the closet」 と思っていないからだ。
一方、今ノルウェーに急増している移民家族には、文化的背景やメンツなどから子どもに真実を伝えることを先延ばしにしたり、中には伝えないケースもある。ところが子どもは、家族の様子を敏感に察知するものだし、子ども同士のネットワークからも情報はいってくる。それがかえって事態の悪化を招くという。中には「私のせいで、パパとママが別れたのかもしれない」と自分を責める子も出てくる。もう両親はともに住むことはないのだという前提を子どもに伝えずには、話し合いが前に進まないため、「仲裁セッション」は困難を極めるのだという 。
さらに、男親の意識が大きく変化してきた。ノルウェーでは、子どもが乳幼児の場合、女親との同居がほとんどだった。しかし、最近は子どもが小さくても同居する権利を主張する父親が急増しており、それにまつわる問題も浮上している 。
これに関して、私のもうひとりのノルウェー友人の話はこうだ。離婚後、母親である彼女が子どもを引き取った。ところが、パパ・クオータの浸透とともに、子どもも父親になついている。友人は私に、「私にはいい夫ではなかったけど、子どもたちにはいい父親だったのよ」と言う。別れた後、友人は「パパと遊びたーい、パパのとこ行きたーい」と泣き叫ぶ子どもに悩まされる日が多かった。結局、何年かして、元夫が近所に引っ越してくることに決めたようだ。
■子どもオンブズマン
ノルウェーには「子ども法」があることも忘れてはならない。「子ども法」に基づいて、子どもオンブズマン が子どもの立場にたって日夜、法がちゃんと守られているかどうかを監視する。その子ども法には、「両親が別居していても、子どもは両方の親に会う権利がある」と明記されている。子どもとはいえ7歳になったら、親の離婚の際、「仲裁セッション」で意見を述べる権利まで認められている。しかも、子どもオンブズマンは、しょっちゅうメディアに登場しては子どもの権利をわかりやすく伝えている上、ホームページの一番目立つところに権利が明記されている。子どもたちがこうした権利を知っている確率は非常に高い。親が、大人の都合やメンツだけで行動することはできないのだ。
■離婚、そして新しい拡大家族へ
イングビルドの両親も離婚している。彼女の母親とそのサンボーが私の親友で、1990年代から家族ぐるみのつきあいだ。イングビルドの母親は来日して我が家に何度か泊まったこともあるし、私たちがノルウェーに行ったら彼女がキーパーソンだ。
一方、当然なのだが、イングビルドの父親には会ったことはなかった。2005年夏、連れ合いと私は、イングビルドとアンダースの結婚式・披露宴に招待された。その時、イングビルドの父親に初めて会った。私が撮影した記念写真がある。日本の大学の北欧講座で見せたところ、大学生が一様に「へえーっ」と驚いたショットである。
右側が花婿アンダースの家族だ。彼の両親は離婚していないのでシンプルだ。ところが左側に立つイングビルドのほうは、離婚した親それぞれに新しいパートナーがいる。さらに新しい連れ合いとの子どもも連れてきている。
イングビルドとアンダースの結婚式・披露宴は、何から何まで手作りだった。その手作り大イベントで、会場設営をしているのは、母親の親戚とその元夫だった。その向こうで、テーブルや椅子を並べているのは、父親の現在の子どもと母親の今のパートナー…。こういう機会がなければ、あまり会うこともなく、ぎくしゃくしがちなままの「新しい拡大家族」が、共通の目的に向けて一日中、夢中で共同作業をしていた。会話がなめらかになっていくようだった。
そして、2年半後。私は、イングビルドとアンダースの第1子スヴェヌングSveinungの1歳の誕生日パーティに招待された。その日、また拡大家族が集まった。写真でわかるように1人を除き全員が、都合をつけてやってきた。
各自がそれぞれのアイデアで、スヴェヌングSveinungへの誕生日プレゼントを用意していた。イングビルドの父親の新しい妻との間の子は、イングビルドにとっては異母弟にあたる。まだ小学生だが、小さな包みをイングビルドに「ハイッ、これ」と自慢げに手渡していた。
パーティでは、初め、その日の主人公スヴェヌングSveinung中心におもちゃでわいわいやっていたが、彼が眠ったあとは、拡大家族団らんの場に変わった。イングビルドの父と、イングビルドの母の現パートナーも、ごく自然にイラク戦争の話で盛り上がっていた。
■私的な問題を社会の問題に
ノルウェーでも、イングビルドの両親のように、うまくいっている離婚ばかりではないだろう。いや、いや、イングビルドも両親が離婚した直後は、苦悩する日々だったかもしれない。
言えることは、ノルウェーでは、こうした一人一人の抱える私的な問題を、重要な社会の問題と位置づけていることだ。社会問題から政策課題にして解決するのは政治家や指導的立場にいる識者だ。そのひとたち自身が、離婚、再婚、同棲中、同性愛者、シングルマザー…であることを隠していては、問題解決へのエンジンはかからない。スティグマもなくならない。「え、ここまで公にしていいの」と驚くほどオープンな態度に感心しているのは、日本人の私だけのようだ。
育児休暇をとろうとしたら、次の契約更新がないと市から言われたパートの女性。働こうにも子どもを保育園に預けられず、近くに頼める親戚もいないため途方にくれる女性。
こうした日本の悲惨な現状を知る私には、ノルウェーの子育て事情は夢のようだ。しかし、ノルウェーにとっても挑戦すべき課題は山積みだという。その中から離婚にまつわる問題をとりあげよう。
ノルウェーは、結婚1000件につき12.6が離婚に終わっている。別の統計の取り方によると、人口1000人あたり離婚率2.28だ。サンボーと呼ばれる事実婚や同性カップルの別離は公式統計に含まれないので、実際ははるかに多い。
■共同親権の国ノルウェー
問題は、16歳以下の子どもがいる夫婦の離婚だ。日本と違って、ノルウェーの親は共同で親権を行使しなくてはならない。いわゆる共同親権だ。どちらかの親に決め、その親だけが子どもを育てるという単独親権は、先進諸国では日本だけだ。
離婚は人生の大事件だ。生活、人間関係、経済、居住地など、取り巻く環境が激変する。私もそうだったが、離婚後不安にさいなまれ眠れないことも多かった。「これでよかったのだろうか」と、自分の出した結論がゆらいだこともある。大人だってそうなのだから、ましてや子どもにとっては、その不安はさらにさらに大きい。転校しなければならなかったり、近所の仲良しと離れ離れになったり、離婚前に親密だった祖父母またはいとことの関係にヒビがはいったり、いろいろなことが起こる。たとえカップルが別れても16歳までの子どもの環境に、こうした悪影響ができるだけ及ばないようにする。これが、ノルウェーの政策の基本だ 。
■家族カウンセリング・オフィス
離婚という結論に達するまでには、誰も悩む。新しい相手ができた場合、その相手も離婚という事態になるのだから、これは人生の大事件だ。次々に難問が押し寄せてくる。そういう時どうするか? ノルウェーでは、誰もが無料で、近くの「家族カウンセリング・オフィスFamily Counselling Office」 に駆け込めるようになっている。日本でいう、役所の無料法律相談だ。ノルウェーの場合は法律の情報提供というより、カウンセリングが主なようだ。
そして、いよいよ離婚をしようという気になったら、16歳以下の子どもがいる場合、別れた後、どのように子どもの世話を分担するかを話し合う、「仲裁セッション」に参加しなくてはならない。婚姻法によって定められている義務だ。
「仲裁セッション」は「家族カウンセリング・オフィス」内にあり、専門家が担当する。カップルは、そこに何回か参加し、親としての義務、どちらの家にどのように住むか、どちらがどのようにどのくらいの頻度で子どもを訪問するか、それぞれの親戚(とくに祖父母)とはどう会うか、同居しない親が支払う養育費、海外旅行する場合にはどうするか、などを取り決めて、双方が合意をとりつける。それなしには離婚はできない。仲裁セッションでどうしても決まらなかったら、法廷での決着となる。
ノルウェーの親友オーレ・グスタフ・ナルッドは、娘が小学低学年のときに離婚した。娘をひきとって育てたのは父親である彼のほうだった。彼は、時々、娘を連れて娘の母親側の祖父母の家に連れて行っていた。1997年ごろだったが、私も車に同乗してお宅にお邪魔しお茶をいただいたことがある。また、週末や長い休みになると、娘は母親の元で過ごしていた。
■親の離婚と子どもの権利
子どもは、親が離婚したことを知らされる権利がある。いわゆるもとからのノルウェー人のカップルの場合、小さな子どもにも離婚したことを正直に話す親がほとんどだ。多くのノルウェー人は、離婚を「たんすの中の骸骨skelton in the closet」 と思っていないからだ。
一方、今ノルウェーに急増している移民家族には、文化的背景やメンツなどから子どもに真実を伝えることを先延ばしにしたり、中には伝えないケースもある。ところが子どもは、家族の様子を敏感に察知するものだし、子ども同士のネットワークからも情報はいってくる。それがかえって事態の悪化を招くという。中には「私のせいで、パパとママが別れたのかもしれない」と自分を責める子も出てくる。もう両親はともに住むことはないのだという前提を子どもに伝えずには、話し合いが前に進まないため、「仲裁セッション」は困難を極めるのだという 。
さらに、男親の意識が大きく変化してきた。ノルウェーでは、子どもが乳幼児の場合、女親との同居がほとんどだった。しかし、最近は子どもが小さくても同居する権利を主張する父親が急増しており、それにまつわる問題も浮上している 。
これに関して、私のもうひとりのノルウェー友人の話はこうだ。離婚後、母親である彼女が子どもを引き取った。ところが、パパ・クオータの浸透とともに、子どもも父親になついている。友人は私に、「私にはいい夫ではなかったけど、子どもたちにはいい父親だったのよ」と言う。別れた後、友人は「パパと遊びたーい、パパのとこ行きたーい」と泣き叫ぶ子どもに悩まされる日が多かった。結局、何年かして、元夫が近所に引っ越してくることに決めたようだ。
■子どもオンブズマン
ノルウェーには「子ども法」があることも忘れてはならない。「子ども法」に基づいて、子どもオンブズマン が子どもの立場にたって日夜、法がちゃんと守られているかどうかを監視する。その子ども法には、「両親が別居していても、子どもは両方の親に会う権利がある」と明記されている。子どもとはいえ7歳になったら、親の離婚の際、「仲裁セッション」で意見を述べる権利まで認められている。しかも、子どもオンブズマンは、しょっちゅうメディアに登場しては子どもの権利をわかりやすく伝えている上、ホームページの一番目立つところに権利が明記されている。子どもたちがこうした権利を知っている確率は非常に高い。親が、大人の都合やメンツだけで行動することはできないのだ。
■離婚、そして新しい拡大家族へ
イングビルドの両親も離婚している。彼女の母親とそのサンボーが私の親友で、1990年代から家族ぐるみのつきあいだ。イングビルドの母親は来日して我が家に何度か泊まったこともあるし、私たちがノルウェーに行ったら彼女がキーパーソンだ。
一方、当然なのだが、イングビルドの父親には会ったことはなかった。2005年夏、連れ合いと私は、イングビルドとアンダースの結婚式・披露宴に招待された。その時、イングビルドの父親に初めて会った。私が撮影した記念写真がある。日本の大学の北欧講座で見せたところ、大学生が一様に「へえーっ」と驚いたショットである。
右側が花婿アンダースの家族だ。彼の両親は離婚していないのでシンプルだ。ところが左側に立つイングビルドのほうは、離婚した親それぞれに新しいパートナーがいる。さらに新しい連れ合いとの子どもも連れてきている。
イングビルドとアンダースの結婚式・披露宴は、何から何まで手作りだった。その手作り大イベントで、会場設営をしているのは、母親の親戚とその元夫だった。その向こうで、テーブルや椅子を並べているのは、父親の現在の子どもと母親の今のパートナー…。こういう機会がなければ、あまり会うこともなく、ぎくしゃくしがちなままの「新しい拡大家族」が、共通の目的に向けて一日中、夢中で共同作業をしていた。会話がなめらかになっていくようだった。
そして、2年半後。私は、イングビルドとアンダースの第1子スヴェヌングSveinungの1歳の誕生日パーティに招待された。その日、また拡大家族が集まった。写真でわかるように1人を除き全員が、都合をつけてやってきた。
各自がそれぞれのアイデアで、スヴェヌングSveinungへの誕生日プレゼントを用意していた。イングビルドの父親の新しい妻との間の子は、イングビルドにとっては異母弟にあたる。まだ小学生だが、小さな包みをイングビルドに「ハイッ、これ」と自慢げに手渡していた。
パーティでは、初め、その日の主人公スヴェヌングSveinung中心におもちゃでわいわいやっていたが、彼が眠ったあとは、拡大家族団らんの場に変わった。イングビルドの父と、イングビルドの母の現パートナーも、ごく自然にイラク戦争の話で盛り上がっていた。
■私的な問題を社会の問題に
ノルウェーでも、イングビルドの両親のように、うまくいっている離婚ばかりではないだろう。いや、いや、イングビルドも両親が離婚した直後は、苦悩する日々だったかもしれない。
言えることは、ノルウェーでは、こうした一人一人の抱える私的な問題を、重要な社会の問題と位置づけていることだ。社会問題から政策課題にして解決するのは政治家や指導的立場にいる識者だ。そのひとたち自身が、離婚、再婚、同棲中、同性愛者、シングルマザー…であることを隠していては、問題解決へのエンジンはかからない。スティグマもなくならない。「え、ここまで公にしていいの」と驚くほどオープンな態度に感心しているのは、日本人の私だけのようだ。
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